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合格実績・合格者の声

象鯨の生徒は多くても十数人程度。
少人数の美術予備校ですが、合格率は全国有数です。
東京藝大、武蔵野美大、多摩美など、毎年有名校に合格者を出し、
OBの多くは卒業後もプロのデザイナー・芸術家として活躍しています。

象鯨OB・OGメンバー

東京藝術大学45

多摩美術大学45


武蔵野美術大学20

東京造形大学18

※ 2017年現在

過去の合格実績をみる

卒業後の就職先事例

本田技研工業株式会社(ホンダ)、マツダ株式会社、株式会社コンセント、その他大手プロダクトデザイン関連会社 等

卒業後も作家として活躍中のOB・OG

瀬川裕美子:画家、

美大合格者の声

瀬川祐美子

東京藝術大学 美術学部
絵画科 油画専攻進学

ものを観る事、感じて動く事の強さと大切さ。私は受験でそれを学んだ。
しかしこれは受験だけではなく私の制作において、ずっと心に置いておかなくてはならないものだ、と言う事も知りました。

山本小百合

東京藝術大学 美術学部
デザイン学科進学

自分に自信を持ち、自然体でいく。象鯨には多くの個性が溢れる中で、自分に出来ることは何かを知り、2浪目はムダに悩んでいたことから解放され1浪の時よりずっと物事がクリアに見られるようになりました。現役、1浪で得たもの、体験したことを2浪の時に整理し昇華させられた。私は2浪はするべくしてしたと思っています。

佐藤寛人

多摩美術大学
生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻進学

ユダヤの格言で「魚を与えるより、魚の釣り方を教えよ」とある。他の予備校では美大受験に受かりやすい正解を教えてくれる所があると聞く。一方象鯨では美術の正解を求める方法を教えてくれた。魚の釣り方どころではない、象鯨では捕「鯨」を教えてもらえたのだ。

植木葉月

多摩美術大学
グラフィックデザイン学科進学

この受験生活を通して、表現する事を仕事にして行く者として必要な気付きを数多く体験出来たと思います。
象鯨は、受験に必要な課題をこなしつつ、その中でプロとしての心構えを教えてくれる場所です。

賀来栞

多摩美術大学
絵画科 油画専攻進学

始めての浪人。始めて一年中毎日絵の事について考えた。毎日一枚一枚心を込めて描いた。命を懸けて描いた。ここで過ごした1年の浪人生活は人生の重大な1頁になり、これからの制作の糧になると思う。「もっともっと」と思う気持ちを、自分と向き合い、熱く自分の世界に馳せ、冷たくつき放し、自分を落ち込ませること。自分の手で作り出したものが想像していたもの以上の素晴らしいものになった瞬間、想像を超えて行ったときの気持ちをずっと一生持ち続けたいです。本当にここで学べてよかったです。ありがとうございました。

中村友美

多摩美術大学
絵画科 油画専攻進学

象鯨では色々な考え方の人と出会う機会が沢山ありました。
その出会いの中で、自分と比べたり尊敬したりしながら色々な事を考えて、感じて、だんだん自分の見方みたいなものを見つけて行く事ができました。苦しい事もあったけれど、そうやって過ごした時間は本当に充実していてすごく楽しかったです。

高嶋俊介

多摩美術大学
環境デザイン学科進学

この予備校には毒がある。
毒を食らって爪を研ぎ、その毒と爪で美術・芸術界に一石を投じようとする者には絶好の場所ではないでしょうか。

大島留璃子

多摩美術大学
絵画科 版画専攻進学

私は高一の頃から先生方にお世話になりました。
途中病気になり、休む事が多くなりましたが心はいつも描く事と象鯨にありました。
休む事が多くても変わらず指導して下さった事。
感謝しています。ありがとうございました。

足立篤史

東京造形大学
彫刻科進学

象鯨ではただ絵を描くことだけではなく自分のため・プロになるための恥ずかしくない実力・知識をつけることができる
唯一の予備校で、色々なことを教わり密度の濃い一年をおくることができた

森梢

多摩美術大学
絵画科 油画専攻進学

自分の絵と向き合う事、表現する事。
受験のその先を学ばせてもらえたと思う。

穂積芽里

多摩美術大学
生産デザイン学科プロダクトデザイン科専攻進学

私はこの場所であらゆる沢山の種をもらった。
それらをどう育てていくか、これから如何様にもなり得るのだ。
綺麗な花を咲かせる為に気を抜かないで頑張りたい。

小坂明世

多摩美術大学
絵画科 油画専攻

象鯨では受験に向けての勉強というより、絵を描くという本質的なことを学ばせてもらったと思う。
直接的な教えよりも自分のやりたい事を中心に後押しをしてくれた。
自分の芯が出来た有意義な一年間だった。

徳廣絵美

多摩美術大学
絵画学科 油画専攻

象鯨は受験生のため、受験のためと言うより、芸術家、プロとしての志しを教えてくれるところ。
そしてそれが、受験にも、私達のこれからにも、最も大切な事だと思う。
感じる事、表現する事、自分の本質を厳しく見つめる事を教えてくれた。
ここが本物だと思った

齋藤飛翔

多摩美術大学
絵画学科 版画専攻

春の版画の授業の際、版画機をこわしたという苦い思い出しかないのだが、運命なのか呪いなのか合格したのは版画科のみ。 もはや何も言うまい。 何も言えない。先生に言われた数多くの言葉を目にして、自分の描いた絵を観た。1年を思い出すと帰納的(悪く言えば最後だけ)に成長を感じる。まだ始まって1年半の美術人生だがここで生まれて本当に良かったと想ってる。

安藤開

多摩美術大学
工芸学科

芸大に行きたかった。 胸を張って自分を日本一と誇りたかった。象鯨は志を高く持てる予備校だと思う。 制作において、作品に対する心構えをここで学んだ。私は多摩美を選んだ。 芸大を諦めた。多摩美は去年も受かったが、去年と今ではまるで違う合格だと思う。象鯨で学んだ全てが生きている。ここで美術を学べた事が嬉しい。

白井沙希

東京造形大学
D学科グラフィックD専攻

予備校で、受験と関係ない事をするのは意味が無いと言う人もいるでしょう。
しかしそんな事はありません。関係が無くても、何事にも一生懸命取り組んで、いろいろな事に触れるのが大切だと象鯨で学びました。
芸大を目指して制作してきて、私大の対策はほとんどしていないのに多摩グラに受かったのは、その証拠だと思います。

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層の厚いOB・OG「象鯨会」

卒業後、現役の美術家やデザイナー、漫画家や研究者となった彼らOB・OGは「象鯨会」メンバーとして、今も自主的にサポートしてくれています。
特別授業やワークショップ、美術書や雑誌の提供、ふらりと立ち寄って差し入れを持ってくることもしばしば。
発足から2017年現在、メンバーは総勢160名を超えます。
デザインの現場、芸術家として歩む先輩の姿を身近に見ることができ、受験→大学生活→卒業後と、自分の創作活動のイメージを強く持つ事ができます。

大学生活4年間だけ通用するような、傾向と対策だけで終わる脆弱な指導と比べ、長い創作生活の血となり肉となる象鯨の指導。
この層の厚いOB会が何よりの証明です。

主任の合格日記
勉強が出来なくて、普通大学あきらめて、大阪から上京した2浪のおっさん。
移動中の新幹線で石膏一覧表を覚える。
最初の授業はクラス分けコンクール。昼間部約200人!
最初の石膏は、ジョルジョ。
新幹線で覚えて来た石膏一覧表にジョルジョがなかったので、隣の子に「課題に”石膏”て書いてあるのに、なんで石膏じゃないの?」と聞いてどん引きされた。
全ての種目で、見事にビリになった。当然だが、自分の絵の下手さが判らないくらい下手だった。しかし、上位のデッサンを見て「何じゃ、こいつら?吹いたら飛びそうな薄い絵描いとんな?」と思った。他の種目は、みんな同じ様な絵ばっかりで、超ダサい。まあ自分の絵は、それより酷いのだが。服装は個性的でも、絵は全く個性がない。「そりゃ、モナリザもビックリするわ!東京の画材屋、ええとこついとるな?」と思った。「同じ絵描いとるこいつらには勝てるで!」と思ってビリながらも奮闘が始まった。
東京暮らしは、東伏見のキリスト教学生寮でした。
アメリカ人宣教師たちと、東大早慶等のエリートクリスチャンばかりの中で、毎朝6時から聖書の時間。同室の学生は、僕が帰ると毎回「聖書読みませんか?」と言ってくる。
聖書読みたくも、勉強したくも無い僕は、夕食期限の9時まで帰らないことにした。
お金も無く、行くあても無いので、毎日本屋で立ち読みをした。毎日夕方から夜まで、約4時間。確実に毎日立ち読みをした。レジの綺麗なお姉さんが、ニコッとしてくれるのが痛かった。ほぼ1年間、毎日の日課でした。何を立ち読みしていたかと言うと、domus、abitare、GA、アイデア等の建築やデザイン紙。毎日隅から隅まで熟視して、紙面の中の部屋に掛けられてる小さな絵まで覚えていた。思想の科学と朝日ジャーナルも熟読し、賢いふりが板に付いて来た。
それを、予備校の課題にパクると講師が「この絵いいじゃん?下手だけどね」「この立体いいじゃん、絵は下手だけどね」
言われて、僕は心の中で「当たり前やんけ!俺の絵じゃない、domusやで!そりゃええに決まってるわ」と思った。
その下手な絵も、時間とともに上手くなる。絵なんて誰でも上手くなる。技術が上がっても、良い絵画描けないと意味が無い。そして個性が無いと違いが出ない。僕はお洒落な雑誌を毎日観続けたので、格好いい形や、格好いい線が判別出来るようになっていた。それで、デッサンも向上出来たと思う。
基礎科からずっとやって来た大勢の子達を、2浪の初心者が一期に抜いて、上達出来たのは、他の学生と違うことをしていたからなのだ。
僕は、勉強は出来ないが頭は良いので?、最初のビリになった時に、こう思った。「この予備校は、約300人居て、約300人落ちる。藝大に20人も合格して凄い!と言うが、現実はほとんどが不合格。こいつらと同じ事やってたら、俺も大半の不合格に入る。オリジナルの追求をしないと、ヤバい。先生の言う事、真に受けてたらあかん」
下手すぎて、大阪弁で、2浪なので放っておかれたのも幸いしたのかもしれない。
他の科の講師が「お前、ここの予備校の頂点狙うな、自分のピラミッドの上に立て」と言ってくれたのが励みになった。
ある意味、良い予備校であった。
3浪で東京藝術大学合格 結局、3浪で東京藝術大学に合格。
2年間の浪人生活は、色々な意味で刺激的でした。
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